鎌倉の自宅で原稿を書いていると、決まって午後三時ごろに手が止まります。
そういうとき、私は迷わず引き出しの羊羹に手を伸ばします。

甘いものをやめれば虫歯にならない。
頭ではわかっていても、そんなふうに暮らせる人はそう多くないと思うのです。

はじめまして、ライターの吉岡朋子と申します。
女性誌の編集者を経て、いまは予防歯科や審美歯科の分野で取材を続けています。
診療室におじゃまして歯科医師や歯科衛生士の方々に話をうかがうなかで、何度も同じ言葉を聞きました。
「甘いものを断つ必要はありません。食べ方を変えてください」と。

この記事では、虫歯になりにくいおやつの選び方と、食べ方の工夫を整理してお伝えします。
30代後半から50代にかけての口の中は、子どもの頃とは違う弱点を抱えはじめる時期でもあります。
そのあたりも含めて、ご自身の暮らしに無理なく持ち帰れるところだけ、拾っていただけたらうれしいです。

虫歯を決めるのは「何を食べたか」より「どう食べたか」

甘いお菓子の名前を挙げて、これは危ない、これは安全と線を引く。
そんな話を期待して読みはじめた方には、少し肩透かしかもしれません。
虫歯のできやすさを大きく左右しているのは、種類よりも回数と時間のほうだからです。

口の中では毎日、溶けることと戻ることが繰り返されている

歯の表面では、飲食のたびに小さな攻防が起きています。
歯垢(プラーク)のなかの細菌が糖を分解して酸をつくり、その酸が歯からカルシウムやリンを溶かし出す。
これが「脱灰」です。

一方で唾液が酸を薄めて中性に近づけ、溶け出した成分を歯の表面に戻していきます。
こちらが「再石灰化」。
厚生労働省のe-ヘルスネットでも、唾液は酸を中性に近づけたり、溶けかけた歯を修復する役割を持つと説明されています。
この二つが釣り合っているかぎり、歯に穴はあきません。

分かれ目になるのは、pH5.5という数字

エナメル質が溶けはじめるのは、歯垢のpHが5.5を下回ったあたりから。
歯科では「臨界pH」と呼ばれる境目です。

甘いものを口にすると、数分でpHはこの線を割り込みます。
そこから唾液の力で中性に戻るまでには、20分から1時間ほどかかるといわれます。
一度のおやつで、歯はしばらくのあいだ溶けやすい時間帯に置かれる、ということになります。

同じ量でも、回数が増えるほど修復の時間が削られる

問題は、その時間帯が一日に何度も訪れる場合です。
たとえばデスクに個包装のチョコレートを置いて、思い出したときに一粒ずつ食べる。
午前中にカフェラテ、昼食後にクッキー、夕方に飴、夜にアイス。
一つひとつは小さくても、口の中はほとんど休む間がありません。

食べ方一日に食べる甘いものの量歯が酸にさらされる時間の目安
三時のおやつにまとめて1回同じ20分〜1時間
午前・午後・夜に分けて3回同じ1〜3時間
少しずつ5〜6回つまむ同じ2〜6時間

あくまで概算ですが、量が同じでも回数が増えれば、それだけ再石灰化に使える時間が短くなります。
e-ヘルスネットも、虫歯予防には甘味摂取の総量を減らすことと、摂取回数を減らすことの両方が効果的だと述べています。
つまみ食いの習慣がある方は、お菓子の種類を吟味するより先に、回数を数えてみるほうが早いかもしれません。

大人の歯は、子どもの頃とは違う弱点を抱えています

同じおやつを食べても、20代の口と50代の口では受けるダメージが違います。
取材を重ねるうちに、この点をきちんと伝えている記事が意外に少ないと感じるようになりました。

歯ぐきが下がって現れる「根面う蝕」

年齢とともに歯周病が進んだり、歯ぐきが下がったりすると、これまで隠れていた歯の根が口の中に顔を出します。
この露出した根の部分にできる虫歯が「根面う蝕」です。

大阪大学大学院歯学研究科の林美加子教授は、歯根を覆う象牙質はエナメル質よりもむし歯になりやすいと指摘しています(大人の歯のつけ根のむし歯「根面う蝕」に注意)。
硬いエナメル質という鎧を着ていない場所ですから、同じ酸でも溶けるのが早いのです。
予防には1450ppmFのフッ化物配合歯磨剤が適しているとも紹介されています。

更年期の前後で、唾液は静かに減っていく

歯を守る最大の味方は唾液です。
その唾液が、女性の場合は年齢とともに減りやすいという事情があります。

日本口腔保健協会の「女性のお口の健康」によれば、ドライマウスの男女比はおよそ1対3で、女性ホルモンの減少が唾液分泌量の低下を招いていると考えられています。
唾液が減れば、酸を洗い流す力も、歯を修復する力も落ちます。
若い頃と同じ間食のペースを続けているのに、急に虫歯が増えたという方は、ここに理由があることも少なくありません。

甘くないのに歯を溶かす飲みものもある

もう一つ、大人ならではの落とし穴が「酸蝕症」です。
細菌がつくる酸ではなく、飲食物そのものの酸で歯が溶ける現象を指します。

神奈川県歯科医師会の解説では、柑橘系の果物や果汁飲料、炭酸飲料、黒酢、栄養ドリンク、ワイン、スポーツ飲料などが原因として挙げられています。
健康にいいと思って続けているものが並んでいるところが、なんとも悩ましいところです。
同じ資料では、こうした飲みものをだらだらと口にしないこと、就寝前は控えること、そして酸性の飲食物をとった直後は30分ほど置くか、水で口をゆすいでから歯を磨くことが勧められています。

虫歯になりにくいおやつは、こう選びます

ここからが、店頭で迷ったときの実際的な話です。
私が取材先で教わってきた選び方は、思っていたよりずっとシンプルでした。

見るべきは甘さの強さより、口に残る時間

判断の軸は「歯にくっつくか」「食べ終わるまでに時間がかかるか」の二つです。
砂糖の量が多くても、さっと口の中を通り過ぎるものは、意外にリスクが小さい。
反対に、甘さが控えめでも歯の溝に居座るものは長く酸をつくり続けます。

口に残りやすさおやつの例理由
長く残るキャラメル、ヌガー、グミ、飴、ドライフルーツ歯にくっつく、またはなめている時間が長い
そこそこ残るクッキー、ビスケット、スナック菓子細かい粉が歯の溝やすき間に入り込む
すぐに消えるゼリー、プリン、アイスクリーム、ヨーグルト口の中にとどまる時間が短い
酸の材料になりにくいチーズ、ナッツ、するめ、素焼きの豆発酵性の糖をほとんど含まない

アイスクリームやプリンは砂糖をたっぷり含んでいますが、口に残らないぶん、飴やキャラメルより歯にはやさしい。
この逆転は、知っておくと選ぶ基準がずいぶん楽になります。

迷ったときに頼れる、二つの目印

パッケージには、選ぶ手がかりになる表示があります。
私が売り場でまず探すのは次の二つです。

  • 「歯に信頼」マーク(傘をさした歯のイラスト)
  • 特定保健用食品(トクホ)の「歯を丈夫で健康にする」表示

「歯に信頼」マークは、日本トゥースフレンドリー協会が、食べてから30分以内に歯垢のpHを5.7より下げないと確認されたお菓子に付けているものです。
臨界pHの5.5より少し手前に基準を置いているのは、安全側に余裕をとるためだと協会の解説に書かれています。
日本での活動は1993年からと歴史があり、キャンディやガム、チョコレートなどに広がっています。

キシリトールは「割合」と「量」で見る

代用甘味料のなかでも、キシリトールは歯科の現場でよく名前が挙がります。
厚生労働省のe-ヘルスネットの分類でも、砂糖に近い甘さ(相対甘味度1.08)を持ちながら、歯垢の細菌に分解されて酸を出すことがない甘味料として整理されています。

ただ、ガムを一日一枚かじって安心するには、少し量が足りません。
日本フィンランドむし歯予防研究会は、実際の目安として次のような使い方を挙げています。

  • キシリトールの配合率が50%以上の製品を選ぶ
  • キシリトールの重量で1日5〜10gを、3〜5回に分けてとる
  • ガムなら1回5分以上噛む
  • 効果を見込むなら、まずは3か月ほど続ける

いっぺんに大量にとるとおなかがゆるくなることがあるので、少しずつ試すのが安心です。
砂糖と一緒に配合されている市販品も多いので、成分表示で順番を確かめてから選んでみてください。

食べ方を少し変えるだけで、口の中は変わります

選び方と同じくらい、いえ、それ以上に効くのが食べ方の設計です。
ここは今日から手をつけられる部分でもあります。

時間を決めて、だらだらを断ち切る

いちばん効果が大きいのは、おやつの時間を決めてしまうことです。
仕事の合間に少しずつ、という食べ方を、三時に一度だけ、というかたちに置き換える。
それだけで、酸にさらされる時間はぐっと短くなります。

量の目安も一つ持っておくと迷いません。
e-ヘルスネットの「お菓子や間食の取り入れ方」では、食事バランスガイドの考え方として、1日のお菓子や嗜好飲料の目安量を200kcalとしています。
どら焼き一個、あるいはショートケーキ半分といったところでしょうか。

飲みもので甘さを引きずらない

見落とされがちなのが飲みものです。
砂糖入りのカフェラテやスポーツドリンク、微糖と書かれた缶コーヒーを、机の上に置いて少しずつ飲む。
これはおやつを一日中食べ続けているのとほとんど同じ状態になります。

甘い飲みものは、食事やおやつの時間にまとめていただく。
それ以外の時間は水かお茶にする。
私自身、原稿の脇に置くものを煎茶に替えてから、歯科検診での指摘がずいぶん減りました。

食べたあとの数分を味方につける

食べ終わったあとにできることも、いくつかあります。

  • 水やお茶を一口飲んで、口の中に残った糖を流す
  • すぐ磨けないときは、水でぶくぶくうがいをする
  • 酸味の強いものをとった直後は、30分ほど置いてから歯を磨く
  • 夜のおやつは避ける(就寝中は唾液が減り、修復の力が落ちるため)
  • 1450ppm程度のフッ化物配合歯磨剤を、毎日の歯磨きで使う

歯磨きのタイミングについては、直後がいいのか少し待つのがいいのか、迷う方が多いところです。
砂糖を含むお菓子なら食後の歯磨きで問題ありませんが、レモンや炭酸、ワインのように酸そのものが強いものの直後は、表面がやわらかくなっているぶん、うがいをはさんで少し待ったほうが歯を削りにくくなります。

それでも甘いものが手放せない日のために

我慢を前提にした話は、たいてい長続きしません。
最後に、続けやすい落としどころをお伝えします。

禁止より置き換え

飴をなめる習慣があるなら、キシリトール配合のタブレットやガムに替える。
ドライフルーツをつまむ癖があるなら、素焼きのナッツやチーズを小皿に用意しておく。
やめるのではなく、隣に別のものを置いておくほうが、はるかに楽に続きます。

一日の砂糖の目安を、ひとつ覚えておく

世界保健機関(WHO)は2015年のガイドラインで、遊離糖類の摂取を総エネルギーの10%未満に抑えることを強く推奨し、さらに5%未満まで減らせば健康上の利点が増えるとしています(WHOの発表)。
成人で1日2000kcalとすると、10%は砂糖およそ50g、5%なら25gほど。
角砂糖に置き換えると、25gは6〜8個分にあたります。
清涼飲料水を1本飲めば、それだけで5%の枠は埋まってしまう計算です。

数字を覚えておくと、今日は控えめにしておこうという判断が自然にできるようになります。
完璧を目指す必要はありません。

定期的なメンテナンスを土台にする

セルフケアだけで守れる範囲には限界があります。
とくに根面う蝕は歯と歯ぐきの境目にできるため、鏡ではなかなか気づけません。
歯科医院での定期的なチェックとクリーニング、そして自分のリスクに合ったフッ化物の使い方を教わることが、いちばん確実な土台になります。

まとめ

甘いものを断つ生活は、私には無理でした。
その代わりに変えたのは、食べる回数と、食べたあとの数分の過ごし方です。

要点を振り返ります。
虫歯のできやすさを決めるのは種類より回数で、pHが臨界点を下回る時間をいかに短くするかが鍵になります。
選ぶときは口に残る時間を基準にし、「歯に信頼」マークやキシリトールの配合率も手がかりになります。
そして30代後半からは、歯ぐきが下がった根の部分と、減っていく唾液という新しい弱点が加わります。

茶席では、お菓子をいただいてから濃茶に向かいます。
甘いものと、それを流すもの。
昔からの作法のなかに、口をいたわる知恵が静かに残っているようで、私はこの順番が好きです。

今日のおやつを我慢するかどうかより、明日からの食べ方を少し変えてみる。
そのほうがきっと、長く続きます。

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