朝、洗面台の鏡の前で、思いきって舌を出してみてください。
白っぽいものが、うっすらと乗っていませんか。
はじめまして、ライターの吉岡朋子と申します。
長く女性誌の編集部で健康や美容の記事をつくり、50歳を前に独立しました。
今は歯科の診療現場を訪ねながら、口元の健康について書いています。
取材でお会いしたある歯科衛生士さんが、こんなことをおっしゃっていました。
歯はあんなに一生懸命磨くのに、舌のことは誰にも教わらないままなんですよね、と。
たしかにそうだな、と思いました。
私自身、舌の汚れが口臭とどう結びつくのかを知ったのは、40代も半ばを過ぎてからです。
しかも最初は力任せにこすってしまい、翌日ヒリヒリと痛む思いをしました。
この記事では、舌の白い汚れ「舌苔(ぜったい)」の正体から、舌を傷めないケアの手順、そして舌磨きよりも効き目のある習慣までをお伝えします。
かかる時間は、1日1分ほどです。
目次
舌の白い汚れ「舌苔」の正体
細菌と汚れが混ざり合ったもの
舌の表面は、遠目には平らに見えても、細かな突起がびっしりと並んだ絨毯のような構造をしています。
その隙間に入り込んだ食べかす、唾液の成分、はがれ落ちた粘膜、細菌、白血球、色素などが混ざり合って溜まったものが舌苔です。
公益財団法人ライオン歯科衛生研究所の歯と口の健康研究室では、その色を灰白色または黄白色と説明しています。
つまり、舌苔は「食べ物のカス」だけではありません。
生きた細菌のかたまりが、舌の上に薄く敷かれている状態だと考えてください。
においのもとが生まれる場所
厚生労働省が運営するe-ヘルスネットの口臭の治療・予防によると、口臭の原因の87%は口の中にあることがわかっています。
空気を嫌う細菌がタンパク質やアミノ酸を分解するとき、揮発性硫黄化合物(VSC)と呼ばれるガスが生まれます。
硫化水素、メチルメルカプタン、ジメチルサルファイド。
名前は難しいのですが、いずれも卵が腐ったような、あるいは魚が傷んだようなにおいを持つ物質です。
そして日本訪問歯科協会は、このガスの多くが舌苔から発生していると解説しています。
胃が悪いせいだと思い込んでいたにおいの正体が、実は舌の上にあった。
取材の現場では、そんな話をよく耳にします。
舌苔のケアが持つ意味は、においの問題だけにとどまりません。
訪問歯科の現場では、口の中の細菌を減らすことが誤嚥性肺炎の予防につながると考えられ、高齢のご家族への口腔ケアの一つとして舌の清掃が指導されています。
ご自身の習慣にしておけば、いつかご両親の口元を気にかけるときにも役立つはずです。
うっすら白いのは、正常な状態
ここで慌てて舌を真っ赤にしようとしないでください。
健康な方の舌にも、薄い舌苔はあります。
真っさらな舌を目指す必要はまったくありません。
目安としては、舌のピンク色の地肌がうっすら透けて見える程度なら問題ありません。
気にかけていただきたいのは、地肌が見えないほど厚く白い場合や、黄色っぽく色づいている場合です。
なぜ舌に汚れがたまってしまうのか
唾液が減ると、汚れは流れない
舌苔がつく最大の理由は、唾液の減少です。
唾液には、口の中の汚れや細菌を洗い流す働きがあります。
その流れが弱まれば、当然、舌の上に汚れが居座ります。
厄介なのは、唾液が減る原因が加齢だけではないことです。
公益財団法人長寿科学振興財団の口腔ケアの資料では、降圧薬や向精神薬など、薬の副作用で口が乾くケースが挙げられています。
シェーグレン症候群という自己免疫の病気が背景にあることもあります。
口で呼吸していませんか
口を開けたまま息をしていると、舌の表面はどんどん乾きます。
乾いた場所は、細菌にとって居心地のいい住まいです。
在宅の仕事が増えて人と話す機会が減った方、鼻炎で鼻が通りにくい方、就寝中に口が開いてしまう方。
心当たりのある方は、朝起きたときに舌が白くなっていないか確かめてみてください。
舌が動かないと、汚れは残る
意外に見落とされがちなのが、舌そのものの運動不足です。
よく噛んで食べる、声を出して話す、笑う。
そうした日常の動きが、舌を上あごにこすりつけ、自然な掃除になっています。
やわらかいものばかり食べ、静かに一日を過ごした日は、舌苔が増えやすくなります。
下の表で、ご自身の生活を振り返ってみてください。
| 舌苔がつきやすい状況 | 起きていること |
|---|---|
| 口を開けて眠る、鼻がつまりがち | 舌の表面が乾き、細菌が増えやすい |
| 人と話す機会が少ない | 唾液の分泌が減り、舌が動かない |
| やわらかい食事が中心 | 噛む回数が減り、唾液も刺激されない |
| 降圧薬や向精神薬を服用中 | 副作用として口が乾くことがある |
| 喫煙、コーヒーや紅茶をよく飲む | 色素が沈着し、汚れが目立ちやすい |
舌を傷めない、舌苔ケアの手順
道具は舌専用のものを選ぶ
歯ブラシで代用される方が多いのですが、歯ブラシの毛は硬さも密度も、歯の表面を磨くために設計されています。
デリケートな舌の粘膜にはいささか刺激が強すぎます。
日本健康医学会雑誌に掲載された米澤知恵氏の系統的レビューによると、研究の現場で最もよく使われている道具は舌ブラシでした。
ドラッグストアで数百円から手に入ります。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| ブラシ型 | 毛先が突起の隙間に入り、初めての方でも扱いやすい |
| ヘラ(スクレーパー)型 | 表面をなでるように取り除く。刺激が少なく、乾きやすい |
| 兼用型 | ブラシとヘラが一体になっており、汚れの量で使い分けできる |
奥から手前へ、軽い力で3回まで
手順そのものは、驚くほど簡単です。
- 鏡の前で舌を軽く前に出す
- 道具を舌の奥のほうに当て、手前に向かってなでるように引く
- 同じ動きを3回ほどで終わりにする
- 使った道具は水でよくすすぎ、乾かして保管する
先ほどの系統的レビューでも、奥から手前へ一方向に動かす点は各研究で共通していたと報告されています。
往復させると、いったんかき出した汚れをまた奥へ戻すことになります。
力加減は、痛気持ちいいくらいでは強すぎます。
ライオン歯科衛生研究所も、軽い力で3回程度と示しています。
一度で全部取ろうとせず、数日かけて薄くしていくくらいの気持ちでちょうどいいのです。
えずいてしまう方へ
舌の奥に道具を当てた瞬間、思わずえずいてしまう。
そんな声を、取材先でもたびたび聞きます。
喉の近くには嘔吐反射を起こす場所があるので、無理もない反応です。
対処のコツは、舌をできるだけ前に突き出すこと、息を軽く止めて短時間で終えること、そして届かない奥まで欲張らないことです。
上を向くとかえって喉に近づくので、少し下を向いた姿勢のほうが楽になります。
それでもつらければ、届く範囲だけで構いません。
奥に残る汚れには、このあとの唾液を増やす習慣で対応していきましょう。
朝の1回で十分です
e-ヘルスネットが勧めているのは、起床時の1回です。
眠っている間は唾液の分泌が減り、細菌が最も増えているタイミングだからです。
なお、日本訪問歯科協会の口臭と舌の汚れでは、舌と接している上あごにも汚れがつくと指摘されています。
舌を掃除したあと、上あごも一度やさしくなでておくと、なお安心です。
その舌磨き、やりすぎかもしれません
味がわかりにくくなることがある
舌の突起には、味を感じ取る味蕾(みらい)という小さな器官が収まっています。
毎食後にゴシゴシと磨き続ければ、この繊細な組織が傷つきます。
実際に、過度な舌磨きによる味覚の異常を心配する歯科医院は少なくありません。
ライオン歯科衛生研究所も、過度なケアは逆効果であり1日1回にとどめるよう明記しています。
こすりすぎると、かえって白くなる
これは私自身の失敗談でもあります。
白さが気になって強くこすると、舌の表面が傷つき、その修復のために粘膜がより厚くなることがあります。
結果として、以前より白い舌ができあがってしまう。
熱心な方ほど陥りやすい落とし穴です。
茶道の稽古で、茶碗を清めるときの布さばきを思い出します。
力ではなく、動きの丁寧さで汚れは落ちるのですよね。
歯磨き粉はつけないで
歯磨き粉に含まれる研磨剤や発泡剤は、舌の粘膜にはやはり刺激になります。
清掃には水だけで足ります。
どうしても物足りなければ、舌用のジェルを薄く使う方法もあります。
舌磨きより効く「唾液を増やす習慣」
唾液腺をやさしく刺激する
正直に申し上げると、舌をこすること以上に効くのが、唾液を出す習慣です。
日本訪問歯科協会の唾液を増やす心がけでは、唾液腺のマッサージが紹介されています。
- 耳の少し前、上の奥歯のあたりを指の腹で円を描くようにさする
- 顎の骨の内側のやわらかい部分を、耳の下から顎先へ向けて押していく
- 顎の真下を親指でやさしく持ち上げる
歯科衛生士さんに教わったときは、それぞれ5回から10回ほどと言われました。
テレビを見ながらでもできますし、口の中がじわりと潤う感覚がすぐにわかります。
よく噛み、こまめに水を含む
噛む刺激は唾液腺への合図です。
一口ごとに箸を置くだけでも、噛む回数は自然に増えます。
水分もこまめに摂ってください。
ただし、コーヒーや紅茶などカフェインを含む飲み物は利尿作用があるため、水やほうじ茶に置き換えるほうが向いています。
同じ資料では、梅干しやレモンのような酸味のあるもの、昆布や納豆なども唾液を促す食べ物として挙げられています。
食事の始めに酢の物を一品添えておくと、口の中の動き出しがずいぶん違います。
鼻で呼吸する意識を持つ
日中、ふと気づいたときに口が開いていたら、静かに閉じて鼻から息をする。
それだけで舌の乾き方はずいぶん変わります。
私は鎌倉の海沿いを散歩するとき、口を閉じて鼻から吸うことだけを意識しています。
歩き終えたあと、口の中がしっとりしているのがわかります。
鼻づまりが慢性的にある方は、耳鼻咽喉科で相談されるほうが近道です。
ケアしても白いままなら、歯科で診てもらう
こすっても取れない、しみる、痛む
丁寧にケアを続けても白さが取れない場合や、舌にヒリヒリとした痛みがある場合は、別の原因を考えたほうがよいでしょう。
たとえば口腔カンジダ症では、白い膜がこすると比較的簡単に取れ、その下の粘膜が赤くただれていることがあります。
免疫が落ちているとき、抗生物質を長く使っているとき、糖尿病がある方に起こりやすいと言われています。
白板症や口腔扁平苔癬のように、経過を見守る必要がある病変もあります。
自己判断で磨き続けるより、一度専門家の目に入れておくほうが安心です。
自分のにおいは、こうして確かめる
自分の口臭は、鼻が慣れてしまってわかりません。
確かめたいときは、清潔なスプーンの背で舌の奥をそっとなで、少し乾かしてからにおいを嗅いでみてください。
ポリ袋やコップに息を吐き、口を閉じてから改めて嗅ぐ方法もあります。
ただし、起床直後や空腹時は誰でもにおいが強くなります。
判断するなら、食後2〜3時間ほど経った頃が目安です。
においが続くなら、原因は歯周病かもしれない
舌のケアを整えても口臭が気になる場合、原因が歯ぐきにあることも珍しくありません。
歯周病があると、先ほどのVSCのうちメチルメルカプタンが増えるとされ、これは硫化水素よりも強いにおいとして感じられます。
歯科医院では、口臭を測定する機器を備えているところもあります。
気になさっている方ほど、実際には他人が気づかない程度であるケースも多いのです。
数値で確かめられると、気持ちがすっと軽くなります。
まとめ
舌苔のケアで大事なことは、たった3つです。
専用の道具を使うこと、奥から手前へ軽くなでること、1日1回にとどめること。
そして、こすることよりも唾液を出すほうがずっと効く。
これは覚えて帰っていただきたいところです。
編集者時代、読者から届くお便りで多かったのが、口元にまつわる小さな悩みでした。
面と向かって聞けないから、誰にも相談できないままになる。
舌の汚れは、まさにその代表格だと感じています。
明日の朝、歯を磨いたあとに1分だけ、舌にも手をかけてみてください。
鏡の中の舌が少しずつ淡いピンクに戻っていく変化は、なかなか気持ちのいいものですよ。